映像制作のボーダーレスの秘密

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ご当地情報・東日本編
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『桶狭間の戦い』は、こんなところで行われたようです【後編】

>【前編】はこちら<

 

規模はまた別として、認知度でいえば川中島や関が原などにも決してヒケを取らないと思うんですけど、桶狭間

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いちおう幟が立っていて、合戦場らしくはなっていますが、向かい側はすぐに幸せそうなマイホーム一戸建てがズラッと。

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公園のど真ん中には、甲冑武者の銅像が並んでいますが、

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すべり台もあったりして。

整備されて公園になっている、という話は聞いていたのですが、本当に“街の公園”になっているとは。憩いの場ではないか!?

ちょっともったいない?名所

わざわざ遠くからやって来た僕を哀れに思ったの、タクシーの運転手さんは「お待ちしていましょうか?…も、もちろん、待っている間はメーター倒しておきますよ、その間のお金は結構ですので」と、優しいなぁ。

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たしかに、写真を撮りまくったとしても、5分もあれば見終わってしまうような観光名所だよ…いやいや、せっかく来たんだから、もうちょっとゆっくり見てまわりますよ。

タクシーには帰ってもらって、公園内を散策。

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織田信長よりはるかに天下に近かった男、今川義元公の墓標もあります。ここで討ち死にされたのか…しかし、花筒が『ワンカップの空きビン』とは…守護大名なのに!?

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義元公が馬を繋いだとされる木も残されています。ただ、なんというか、「ほんまかいな」と思ってしまうような、囲いも何もない、近寄り放題で触り放題のガードの甘さよ。(※ただし、むやみにこの木に触れると祟られるそうなので要注意です!)

義元公の首を洗ったとされる泉も残されています。

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かつて、この辺りは湧き水が豊富な場所だったそう。その湧き水を汲み上げるために使われていた『桶(おけ)』が、桶狭間という地名の元になっているという説もあるみたいです。

ですが、通りかかったお爺さんに尋ねてみると、「それ、たぶん水道の水や。このへんが宅地になったときに、湧き水は全部枯れたとか聞くなぁ。」と、なんとも夢のないお話。

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だいたい、休日だというのに(この日は土曜日)、僕以外だれも居てないし。桶狭間の戦いがなかったら、徳川家康がどうなっていたかは分からないし、その後の日本の歩みにも大きな影響を与え続けている場所なのは間違いないと思うのだけれど…こんな有様でも大丈夫なのか??

今川義元の場所

5分もあれば一周できてしまうような『桶狭間古戦場公園』に、少々驚きというか何というか…今から思えば、駅員さんの態度にも納得。きっと「遠方からわざわざ行くような場所ではないですよ」という信号を発して下さっていたのでしょう。

タクシーの運転手さんも申し訳なさそうにしておられたし。

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もう一度、中央に鎮座する両公のお姿を拝見。

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今川義元公。42歳でお亡くなりになった当時のお姿か。『海道一の弓取り』いわれた義元公らしく、大きな弓を携えておられます。腰に見えるは天下の名刀“左文字”か。

のちに信長、秀吉、秀頼、そして家康と、天下人たちの愛刀となっていく義元左文字。現在は『建勲神社』が所有しているとか…実物は見れませんでしたけどね。

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27歳の織田信長公。義元公よりも若く、そして質素ないでたち。奇襲攻撃を仕掛けるのだから、軽装なのは当然でしょう。

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今川義元の偉丈夫さに目が行きます。ひと昔前までは義元公といえば貴族的で、戦下手というイメージで語られることも多かったのですが、近年は再評価されていますね。武田家や北条家も一目置いた戦国武将だし、ひとかどの人物だったことは間違いないはず。

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今川義元公の墓標の傍らには、このようなものが。

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『駿公墓碣』と刻まれています。「すんこうぼけつ」と読むそう。駿公とは“駿河の国の偉いお方”という意味か。どうやらこの辺りの農民たちが、戦に負けて亡くなった今川義元を弔い祀るために作ったんじゃないか?と言われているものだそうです。

作られた年月は不明。土の中に埋められていたんだそうな。時代が時代だけに、大っぴらに祀るわけにもいかなかったんでしょうね。

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大したことないと言ったら失礼かもですが、本当に静かな、どこにでもあるような街の小さな公園という雰囲気。

今からおよそ460年ぐらい前には、この一帯が戦場だったとは到底思えない平和な風景です。

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日本史の授業では、桶狭間の戦いって“信長が世に出た出来事”というような教わり方をしたように思うんですけれど。

ここは「織田信長が勝った場所」ではなくて、「今川義元が負けた場所」という感じがします。この平和な空気を見守るのは、信長公よりもむしろ義元公で。

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自分の知識なんて、ただの思い込みでしかないなぁ。やっぱり実際にその場所を訪れてみないと分からないこともあるもんだと、改めてそう感じたのでした。

アクセス

とはいえ…何度も書いているとおり、そして、地元のタクシー運転手さんさえも認める“がっかり名所”というか。よっぽどの戦国時代ファンや歴史マニアでないと退屈な場所かと。僕も正直なところ、「わざわざ来るべき場所ではなかったか…」と思ってしまったりして。

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僕のような、そんなに日本史や戦国時代に興味のない方なら、清須城とか岡崎城とかに行くべきではないかと。おせっかいではありますが。

いちおう、この『桶狭間古戦場公園』の場所を貼っておきます。

バスも通ってますが、1時間に1本とかのレベルなので、タクシーで訪れるのがオススメかと。有松駅から徒歩でも行けなくはないですが、40分ぐらいはかかる覚悟で。

まあしかし、そんなネガティブなことばかり言ってても始まりません。この近くには、実はもう一ヶ所、尋ねてみたい場所があるんですよね。オカルトとか心霊とか、ソッチ方面のスポットです。

 

1月26日(金)公開予定の【おまけ】に続く

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