自分で書いておいて、こういうのも変な話ですが。 今回の記事は、「見えてしまう人」や、「ありえないものを感じ
2017/02/21(火)
熊本城の今【前編】
熊本の街がどうなっているのか、ずっとずっと気にはなっていたのですが、僕自身が阪神・淡路大震災を経験し、そのときに感じた様々な思いもあって、「現地の人たちが一応の落ち着きを取り戻すまで、部外者は必要以上に被災地に近付くべきではない」と、自重していました。
ここのところ、福岡のテレビやラジオでも、温泉などを中心に熊本の観光地が紹介されることも増えてきましたし、昨年の秋ごろからは、ありがたいことに熊本県内からお仕事のオファーをいただくことも多くなってきました。
先日も、市内からそう遠くないところで打ち合わせがあり、しかも予定よりも早めに終了し時間が少しできました。なので、思い切って、大好きな『熊本城』を見に行ってみることにしました。
市内にもまだまだ爪あとが
熊本市内。僕が福岡に引っ越してきたばかりのころは、このすぐ近くに熊本阪神百貨店があって、公式の阪神タイガーズグッズ売り場があったんですよね。とっても小さいコーナーだったんですけど。
路面電車も。すっかり元の落ち着きを取り戻したかのように思えますが、
よく見ると、修理中や改築中のビルなどがそこら中に。単なる工事なのかもしれませんけれど、あの地震の影響が全くなかったとは考えられません。
橋を渡って、熊本城の須戸口門前。
立ち入り禁止の文字とバリケード。当然ですが、ただいま熊本城内への入城はできません。
ただ、外周を歩いて、遠くからお城を望むことはできます。
頑強な鉄骨が張り巡らされています。倒壊を防いでいるのか、足場のようなものなのか。でも、たしかこれは天守閣ではなかったはずです。
城下にある熊本城稲荷神社。外観はそんなに被害もなさそうに見えます。
『智恵の輪くぐり』も健在です。『水みくじ』もありましたし、社務所も、稲荷鳥居も一見はそのまま大丈夫なようにも見えます。
拝殿も本殿も地震の前のままのように見えますが、
おそらくは細かい部分で補修が必要なのでしょう。一度全部バラしてみないと、本当にダメージを負っている部分が分からないのが、木造建築物の悲しいところでもあります。
神社の方に、「このまま道路沿いに歩いていくと加藤神社があるから、そこからだと天守閣が比較的大きく見れますよ」と教わったので、境内を出て、お城を左手に感じながら、道路沿いを歩きます。
石垣の被害も
駐車場の真上に、石垣の崩れを食い止めるビニールシート。
落石を食い止めるためなのか、土嚢も。
ボーダーレスの秘密では、地震が起こるなど想像もしていなかった2015年の夏に、熊本城を紹介しています。お時間あればそちらもご覧下さればと思います。あの美しい城壁も石垣も、今は目をそむけたくなるような状態になっています。
加藤神社に向かうまでの道沿いにある熊本大神宮は、
現在、まだちゃんと参拝することはできないようです。
仮設の社務所が建てられていました。この日は時間が遅かったので諦めたのですが、お札やご朱印などは拝受できるそうです。
さらに歩いていくと、
写真では近くに見えるかもしれませんが、実際はガードレールや金網などが張られていて、この石垣まではかなりの距離があります。
本か何かに、「お城の石垣は、外から敵が登って来られないよう、わざと崩れやすく作ってある」ということが書いてあったように思うのですが、これはそういうレベルの話ではない、熊本を襲った地震の恐ろしさを伝えているようです。
歩道のすぐそばには、石垣に使われていた巨大な岩が並べてあります。
よく見ると、それぞれの岩に番号が書き込まれています。石垣の、元の位置に戻す際に使うのでしょう。
以前、造園のアルバイトをしていたことがあるのですが、その時に簡単な“石組み”の仕事を手伝った経験があります。片手で持てるような小さい石を組んで、花壇のようなものを作るのですが、僕には無理でした。
単純にただ石を積み上げるのではなく、石の個性を見ながら形を組み合わせていく、言わば“立体のパズル”であり、熟練の職人さんが一つ一つ手作業でやるものです。
あんな小さな石ころを、せいぜい数十個組み合わせていくのでさえ大変な作業なのに、この巨岩を…と思うと、言葉もありません。
この歩道から、木々の間に、小さくお城が見えます。肉眼ではぜんぜん分からなかったのですが、ズームして写真を撮ってみると、瓦は落ち、城壁にはひびのようなものも見られます。
かつての、凛として美しい熊本城の姿を思い出し、悲しくなってしまいました。